私の就活はものすごくうまくいき、ご縁をいただけて(この言い方は日本の就活文化に毒されている気がしていやあね)6月から大企業に障害者雇用で入り込む。
するり、という言い方がふさわしいように思う。そのくらい就活自体は面接も含めてするりと首尾良くうまくいき、三年ぶりに社会人になることになったのだが、働くのが怖くて仕方ない。
人間には変化を怖がり、「コンフォートゾーン」から出たがらない性質があるとかなんとか、自己啓発本がいかにも好みそうなフレーズが頭に浮かぶ。昨年の9月から夜逃げのようにして始めた見た目はボロいアパートでの一人暮らしも慣れたもので、住めば都になっている。やることなし無職のまるごと全部私の時間が虚しくて仕方なかったくせに、就職直前になって、そんな神聖かまってちゃんの歌詞に出てきそうな25歳までの夏休みが愛しくてたまらない。輪郭を撫でさするように、金は最低限しかなかったけれど時間だけは有り余っていた日々を思い出している。
私はそもそも、するりと就職できるような人間ではなかった。資質がない以前の問題で、働きたくなかったのだ。正確には、「精神障害者で低学歴職歴なしでもできる仕事」に全く興味がなかった。傲慢だと思われるかもしれないが、主に障害者雇用で仕事とされている雑用を私がするなんて、とんだもったいないことだと思っていた。人的資源の無駄遣いだと憤慨していた。
二年前、特例子会社(障害者雇用の法定雇用率を達成するために大企業が作っている障害者を雇うための会社)の見学に行った際に屈辱を感じて泣き崩れたという話を書いた。私の今まで受けてきた高度な教育は、ルーチンワークで毎日毎日雑用をこなすためにあったのかと思うと、震えが止まらなかった。6月から私は、その雑用と健常者の社員のサポートをするために会社に通う。
見学の途中でトイレに駆け込んで号泣するほど悔しさを感じた自分が障害者雇用を受け入れる日が来るとは不思議なものだが、時短でかつ障害に対する配慮を受けながら働くには、その選択肢しかなかった。ここまで受け入れるのに、3年間かかったのだと思う。
ああ、怖いな。でも、双極性障害を受容してセルフマネジメントしていく方法を身につけて就職までこぎつけたのは自分で、社会に出るのを決めたのも自分で、職業ライターを諦めるという決断をしたのも自分だ。恐怖からの食いしばりと新しい展開への武者震いが止まらないような心境のまま、静かに初出勤の日を待つ。
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